※《中学歴史(社会)》日本国支配のしくみ 4幕府とは:鎌倉幕府

知るべき土地制度
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これまでも、平安時代末に
「平清盛が、武士ではじめて政権を握った」
といわれるが、
これから書くことは、今後の歴史において、

極めて重要なことなので、
これを理解しないことには、はじまらない。

前にも書いたが、
平清盛は武士であるが、貴族でもあった…
考えても見ようよ…
だって、平清盛は太政大臣だぜ?

ここで、
太政官制度と土地制度のしくみ
を改めて見直してみよう。

(※日本国支配のしくみ1~3を復習しよう)
そこで次のようなたとえをした。

日本=学校
 校長先生(天皇)が学校を支配していて、
 学校には「3-A国」、「1-C国」があり、
 国ごとに担任の先生(国司)が任命されている

校長先生のもと、中央には教頭先生や教務主任の先生、

生徒指導主事の先生らがいる。

地方には、自分に忠誠を誓う担任(国司)をハケンして、

全国を直接支配した。

墾田永年私財法により、特別教室(荘園)がたくさんできた。などなど…

つまり、何が言いたいか
平清盛は、とってもできる教頭先生となって、
国を実質支配した
ということである。
もちろん、平安時代、
藤原氏も教頭先生的な立場だったのよ

ところが…

源氏からはじまる武家政権って、全く意味合いが違うのよ
だから世界が大きく変わったの

じゃ、源頼朝は何をしたのか。
武士による国の支配をめざしたのだ。
え?平氏と何が違うの?って思うよね。

どういうことかというと…
先生(朝廷の組織)になるのではなく、
新しく武士のための政権(生徒会)
を作って、学校を支配しようとしたのだ!
自分は、
校長先生から委嘱された
生徒会長(征夷大将軍
なわけである。

だからこそ、あくまで校長先生をやっつけて、

自分が学校の支配者とは表向きはなっていない。

だって、委嘱してもらわないと、

生徒会長の肩書きがもらえないからな。
ここが世界から見て、日本の疑問点である。

いわゆる現在の中国にあたるところでは、

全く違う国ができている。

前の国(たとえば隋)の王を倒して、

自分が王になって、

新しい国(唐)ができる。

これが至極 当然のことである。

教科書で「中国では…」てどの時代にも表記が普通にあるけど、

本当はおかしい。

中国=中華人民共和国でしょ?

日本はどうかっていうと…

ずっと天皇がいるので、ずっと日本のままなの。

で、ここからが本題。

なぜそれが政権を握るといわれるか。

それは、生徒会長が
それぞれのクラス・特別教室に(国・荘園等)に
クラス長・部屋長(守護・地頭)をおいて、
生徒会

学校を実質支配したということだ!

このことにより、たとえばクラス(国や荘園)は
担任の先生とクラス長の2人に
ダブル支配を受けることとなったのだ

ということは…
担任の先生からも、クラス長からも
宿題(税)を出すように求められる
ことになったということだ!

そして自分たちの執行部があるわけね

で、2人が宿題を取り合うので、

しゃーないから、先生が廊下側、クラス長が廊下側の宿題を集める!

というのが、いわゆる下地中分

こんな変なシステムになってしまったことを理解した上で、

鎌倉時代から江戸時代まで学習することが必要である。

これが、もとの太政官制にもどるのが、明治時代である。

※ちなみに、室町時代になると、
 守護が国司の権限をがっちり奪ってしまう
 だから守護大名と呼んでいる
 (守護大名=守護+国司の権限
 そして、守護じゃなくても、
 実力で国を支配したのが戦国大名という

なお、壇ノ浦の戦いで平氏をやっつけた源義経は、
そんなお兄ちゃんの思いも知らずか、
勝手に先生になってしまったの(検非違使という役職をもらってしまった。)
それが兄弟ゲンカの理由の1つらしいね