5 《中学歴史(社会)》なぜ水野忠邦・天保の改革で、幕府の権威が低下?

江戸時代問題&改革編
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こうして、松平定信の「寛政の改革」以降、

外国人インバウンドが増加していった。

この前のモリソン号事件の年(1837年)だが、

実は国内でもとても大きなできごとがあったのだ。

この男が反乱を起こしたのだ。

通称大塩の乱大塩平八郎の乱)だ。

大塩平八郎<br>ぷろふ
大塩平八郎
ぷろふ

元大阪奉行所の役人

陽明学者《儒学の一派》

役人組織のやり方に反対してやめる

塾を開いて陽明学を教える

4年前から天保の飢饉に直面

で、この人の反乱から、幕府の問題点を洗い出してみましょう。

仲間と協力して、

民衆を困らせている

役人をやっつけてやる。

そして、金銀や蔵屋敷に

米をたくわえて

ぜいたくしている

大阪の町人を攻撃して

みんなに分け与えるぞ!

協力してくれる人がいたら

どこからでも駆けつけ大歓迎!

この資料から読み取れる当時の状況ってとても大事なのに、

東京書籍の教科書からなくなってしまったんだ…。

さて、問題を読み取れたでしょうか。大きく2点!

1 役人がくさっていて、庶民が困っている。

2 商人が米をたくわえたせいで、庶民が困っている

  →物価が上がりまくり

そして、もう一つ問題となったのが、

3 外国人対策

この問題が一気に幕府に降り注いできた。

もちろん

☆ 財政難

も、絶賛進行中!

もう改革まったなしだ。

そして、とうとう次の改革を実行せざるを得ないのである。

ここで登場するのがこの人だ。

浜松城主(静岡県)水野忠邦だ。

改革を天保の改革と名付けている。

さて、ではなぜこのような問題が起きているかということだ。

これがこれまでの学習から予想できればすばらしい。

物価が上がった理由って何だろう…

役人が思い上がっている状況はなぜできたのか…

では、実際に調べてみましょう。

上のギモン「物価高」についての答えは見つけられたでしょうか。

「米の買い占め」とあるように、いつぞやからか、

買い占めOK(公認)となったはず。

田沼意次が行った株仲間の奨励だ。

水野もここに目をつけた。

やるべきことが、

株仲間の解散だ。

次に外国人対策。

幕府には驚くべき情報が入っている。

何かというと、

東アジアで絶対的な「清」という国が

イギリスに戦争で負けたということだ。

東アジアの世界では

「清《中国》」=ジャ○アン

的な絶対的存在であるのだ。

アジア人にとって、ヨーロッパ人のような

ヨソ者は、格下と勝手に思い込んでいる

ところがあった。

ところが負けた。

ジ○イアンで勝てないなら、の○太では歯が立たない…

ではどうするか…

えっと…外国船が来たら、

薪や水をあげて、

はやく帰ってもらってね。

つまり異国船打払令をやめるしかなかった…

それと同時にこんな手も使った。

国防で大事な江戸大坂周辺の土地は、

幕府のものにするぞ!

この政策が、極めて不評だった。

なんせ、江戸大阪近辺って、豊かな土地が多いからねえ。

国防が目的か、

理由をつけていい土地を手に入れるのが目的か、

どうだったろうね。

今までなら、力ずくでも

この政策を実行することができた。

しかし、猛反対にあい、実行できなかった。

これにて幕府の権威が地に落ちることとなる。

その他の政策もふくめて

以下にまとめますが、

注目すべきは他の改革と違うことである。

水野忠邦による天保の改革(1841年~)

役人がくさっている対策

・キビしい倹約令を出した。

商人買い占め物価上昇対策

株仲間を解散させた(重要)。

外国人対策

異国船打払令をやめた

◎理由:「アヘン戦争(1840年)で清がイギリスに敗れたため」(超重要)

江戸大阪周辺を幕府のものにしようとした。(重要)

財政難対策

江戸大阪周辺を幕領にしようとした(2つ理由あり)

・出稼ぎ農民を村へ帰した(寛政の改革と似てる)

・派手な風俗を取り締まった。

※幕府への文句を言う本や、風紀を乱す本(エ○チな小説等)を禁止。

結果

・江戸大阪周辺を幕府のものにしようとしたが、

 激しい反対にあって失敗。

・それとともに、幕府の権威が低下していることが

 バレてしまった

いかんせん、

時代の流れに沿っていなかったということだ

あのYOU

さあ、この10年後、とうとう

あのYOUがくるのだが、

次章から、

やはりやっておかなければならない

「YOUはどうして日本へ2」がスタート!

享保・寛政の改革を

めざすんだい!