幕府に大きな問題が発生していることは、
導入でつかんだと思う。
1番は、
お金がない
ってことだ。
どうやってお金を稼ぐか、
みんなに話し合いをするにあたり、
まず大前提を知っていないと行けない。
「そもそも、幕府の収入は何か」
ということである。
それは何か。
もちろんほとんどが
百姓からの年貢
である。
で、中学生に聞くと、
商売をすればいい。
田んぼを増やせばいい。
年貢をもっととるしかない。
お金をたくさんつくってしまえばいい。
節約すればいい。
などの意見がでる。
しかし、
お金をたくさん作ることについては、
もうやった将軍がいる。
しかも失敗に終わった。
さて、ここで登場するのがこの人だ。
紀州藩主であり、
8代将軍、徳川吉宗だ。
この人が行ったことをまとめて
享保の改革とよぶ。
将軍職になったのは、1716年。
綱吉が死んで10年後である。
※このいきさつは、
を参照
暴れん坊将軍も徳川吉宗だし、
なにかとゲームになったり、
この人は今でも人気者である。
さて、徳川吉宗が何をしたのか、
教科書から調べてみましょう。
ただ、1つの文の中に2つの政策が入っていることもあり、
ややこしいので注意。
今かかえる吉宗の課題を今一度確認すると、
・財政をたてなおす政策は何か。
・庶民の信頼を取り戻す政策は何か。
以上の2点である。
教科書(東京書籍)はこの視点を与えず
ランダムに政策を書いてあるので、
整理しながら確認しよう。
で、まずは、どのように財政を立て直したか。
ある程度、中学生の予想はあたっているのである。
新田開発をすすめる。
(実は年貢の率も上がっている)
節約をする(倹約令という)。
ここまでは、予想が大正解である。
あとはどこか、
他にも米を出してくれるところはないか
ということである。
そこで、こんな作戦に出た。
参勤交代を半年にしてほしけりゃ、
米を持ってきて。
どうじゃ?
なんとこれにより、
収入10%アップに成功!
これを「上げ米の制」という。
まとめてみると、米収入強化大作戦である。
あとは、庶民の信頼を取り戻す政策編だ。
柱となったのが、
有能な人材を取り立てたというところである。
中学校の教科書にはくわしく書いてないのだが、
当時は家柄(給料の多さ)で役職が決まっていた。
仕事に応じて給料が出るのでなく、
もらっている給料に合わせて仕事があたる。
それを打ち破ったってことだ。
採用された人で有名なのが、この人
この人もZ世代のみんなには、なじみが薄いかもしれないが、
昭和な人にとっては有名人。時代劇で大活躍。
この人は、町奉行でお裁き(裁判)をする人。
詳しく知りたい人は、
「三方一両損」などのキーワードで
いろいろ調べてみて。
で、この人につくらせたのが、
公事方御定書である。
裁判の基準、今でいう刑罰の基準である。
※鎌倉時代の御成敗式目と混乱しないでね。
くわしくは北条政子編+泰時で振り返りましょう。
あとは社会の信頼を得るにはどうしたらいいか。
みんなの意見に耳を傾けることだ。
なかなか現在の人もできない…
で作ったのがこれ。
学校の生徒会も使ってるとこあるでしょ?
これも大岡忠相のアイディア。
で、ここに意見が出されて設置されたのが、
町火消しである。
(あと庶民の病院も作ったりしている。)
昭和な人にとっては
暴れん坊将軍の北島サブちゃんで通じるのだが…
あと、オランダの本の輸入を解禁したのも吉宗。
さて、ここで中学校でのポイントを整理してみましょう。
8代将軍徳川吉宗の政策
☆享保の改革とよばれる
当時の課題
①財政を立て直すこと
②庶民の信頼を取り戻すこと。
政策
①財政対策
・倹約令
・新田開発
・上げ米の制
②庶民の信頼を取り戻す作戦
・いい人材を登用できるようにする
→公事方御定書をつくる
→目安箱を設置
→町火消し
・オランダの本の輸入OK
→蘭学が発展
結果
・一時的に財政が回復した。
この結果を見ると、
一時的に財政が回復
しただけであって、
まだまだ改革が必要なことがわかるだろう。
次は、誰が、どんな手を使うのだろう。
次回に続く。